中身は今までどおりですが、まずは外見からということで。
明日から、5月ですしね。
ここ数日で、新緑の季節に、夏の気配が加わってきたように感じる。
緑は勢いを増し、昨日と同じ場所に立っているのに、
「あれ、この木はこんなに大きかったかな」と、記憶のなかの景色を辿ることになる。
地面に映る、光と影の輪郭もくっきりしてきた。
苔好きの息子が「苔広場」と命名している場所にも、
光と影のコントラストがきいている↓
そんな初夏の光を感じていたら、
今朝は鳥の姿を追うよりも、声だけを聴いていたい気分になった。
ある俳句の大家がいる。その人は、現代的で、都会的な雰囲気の句を詠む。
しかしそこには自然とか、大地の力とか、季節感などもしっかりと込められていて、
たったの17文字で、こんなにも深い表現ができるのかと、
いつもはっとさせられる。
その人があるとき、双眼鏡をのぞいて、
「よく見えるなあ! これじゃ想像の余地がないよ」と苦笑していたことがある。
私は双眼鏡で、鳥の生き生きとした表情や生活の様子をいつも見せてもらっていて、
そこで得た視点から、いろいろと感じたり、想像を膨らませたりもするわけで、
双眼鏡を通しての景色に興ざめていたその様子は新鮮だった。
全面的に感じ入ったわけではないけれど、
それでも「想像の余地」という言葉は、印象に残った。
今日の緑と光は、その言葉を私に思い出させた。
観察する力、見分ける力、想像する力、工夫する力、表現する力、世渡りする力…
いろんな力があるけれど、
いま、鳥に夢中の息子は、どんな力で自分の道を拓いていくのかな。
イヌワシとハクトウワシに憧れている8歳鳥好き息子。
体育の授業で自分の番を待っている時間は、
上空を飛ぶハヤブサやトビ、カラスなどを見ているそうです。
図鑑や本も、細かなところまでよく見ていて、「ハヤブサの写真にタカと書いてある」とか、
「マガモとコガモの群れって書いてあるけど、マガモとトモエガモだ」とか、
度々写真の間違いや誤植を見つけたり。
その「眼のよさ」は、いつも尊敬します。
*
2週間ほど前にシギチ探しに稲敷の浮島地区に行く途中、
ひょっとしたら何かいるかもと寄った貝塚公園付近でのこと。
車窓から外を見ていた息子が、
「あ、あれチョウゲンボウかも。撮りに行こう!」と、遠くの電柱を指さしました。
車をとめて、ふたりで抜き足差し足で近づいていき、写真を撮り始めた息子が、
にわかに盛り上がりました。
「ママ、あれやっぱサシバ! 巣材持ってる! 絶滅危惧種!」。
そのときの息子の写真がこれ↓ 精悍でかっこいいですね。
サシバといえば、息子と初めて探鳥会に参加したとき、
初めてスコープを使って見せてもらった、思い出の猛禽です。
緊張の面持ちで大人たちの列に交じっていた息子が、
「かっけ~」と鼻の穴を膨らませて喜ぶ姿をみていたときには、
自力でサシバを見つけて、見分けられるようになるなんて、思いもしませんでした。
サシバもかっこいいけど、息子も頼もしいぞ!
いつまで一緒に鳥を見に行ってくれるかなあ